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☆横浜子ども自然公園大池の弁財天様 [神奈川県横浜市]

横浜市旭区にある、横浜子ども自然公園
大池のほとりに祀られている弁財天様です。

2007年12月2日にお参りしました。
公園内の紅葉がきれいな時期でした。
20071206横浜こども自然公園大池の弁財天様2.jpg

当時の様子。
もう11年以上前なので、
様子が変わっているでしょうね。


『あさひ区内散見』(大菊一太郎・著、旭区役所編集・発行、
昭和59年10月)によれば、
寛政2年(1790年)に水の守り神として
付近の農民がまつったといわれています。


弁財天様の前の看板より・・・・

「公園の中心である大池は、
古くから「本宿の大池」といわれ
二俣川村本宿の溜池で、
元久2年(1202年)6月、
畠山重忠と北条時政の軍勢が、
この池で炊出しをしたと伝えられている。

また、土地の古老の話によると、
江戸時代の中頃(1700年代)に
この付近の地頭の渡辺氏の命により、
百姓六兵衛親子二代にわたり
村内52戸の潅漑池として
造られたとも伝えられている。


池畔には、弁財天の石祠が祭られており、
寛政2年(1790年)2月建立と刻まれているが
、天明3年(1783年)の大飢饉で
大勢の人が亡くなったことを
供養して建てられたと伝えられている。

また一方では、
昔ある男が鴨を撃とうとして
誤って池の主の大蛇を殺してしまい
祟りを恐れて弁財天を建てたとも
伝えられている。

昔からの行事としてこの池では、
毎年5月5日に村人が弁天様に
「御神酒上げ」をして豊作を祈った。

また、干ばつになると 村人の代表数人が 大山の阿夫利(雨降)神社に参拝し 「御神水」を戴いて、 この池に注ぎ弁天様に雨が降るように 「雨乞い」をした。 このような行事は、 昭和33年(1958年)頃まで行われていた。

その頃までは、
池の周辺や前の道路に桜が植えられ
花見などで大変賑わい、
子供たちは釣や夏の水泳にと格好の遊び場となっていた。

現在の池は、面積6460平方メートルあり、
昭和47年(1972年)に林とともに保存するため
「こども自然公園」として生まれ変わりました。

公園の名前は替わりましたが、
地元では今でも大池公園と呼んでいます。 」
(注・ブルーの字は私が色をつけました)



なんとこの地で雨乞いも!!
しかも昭和33年(1958年)まで
行われていたとは!!
戦後もやっていたんだ・・・・(@@)
今からたったの60年ほど前まで!!

それが消えたのは、ちょうどその時期から
高度経済成長により、
宅地造成やら、農業が少しずつ衰退していったから
なのでしょう。
この60年余で、日本はずいぶん変わって
しまったのだなあとつくづく。


ちなみに私は横浜市住んで、
2007年の時点で12年。

この公園、名前は知っていましたが
一度も行ったことがないし、
12月2日までは、弁財天様が祭られていることすら
知りませんでした。

きっかけは、
「今日はここにウォーキングに行こう」
と夫の提案でした。

池の対岸から、ほこらのあたりを撮影。

20071206横浜こども自然公園大池の弁財天様.jpg
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